鋼材のぜい性破壊
引張負荷において大きな延性を示す鋼材であっても、温度の低下や負荷速度の増大、切欠きの存在などによって破壊形態が変化し、変形をほとんど示さず破壊することがあります。
温度の低下や負荷速度の増大は鋼の降伏応力の上昇をもたらすものです。切欠きの存在は応力集中をもたらすとともに、局所的に多軸応力となり塑性変形中の応力を高揚させます(塑性拘束の影響)。塑性変形を開始する応力が高まると、延性破壊とはまったく異なる破壊形態に遷移することがあります。この場合の破面を電子顕微鏡で観察すると、破面模様はリバーパターン(河川模様)が観察されます。この破壊は岩石の破壊と同様に、結晶の特定の原子面であるへき開面に沿って破壊したもので、へき開破壊と呼ばれます。
へき開面における分離は体心立方晶および稠密六方晶特有の破壊であり、オーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金では生じることはありません。この破壊形態では、塑性変形をともなわず、破壊発生後の破面拡大に新たな外力を要しない不安定な破壊となります。このような巨視的特徴を有する破壊をぜい性破壊と呼びます。
延性破壊に比較してぜい性破壊では、き裂の伝播速度が速く、2000m/secに到達することがあります。したがって、ぜい性破壊を生じると大型構造物であっても瞬時に分離崩壊に至り、歴史的にも重大な事故例が報告されています。
ぜい性破壊を生じた部材の破断面は、引張荷重に垂直であり断面減少といった塑性変形がほとんどありません。肉眼で観察すると、粒状にキラキラとした光沢を呈しています。また、き裂の伝播方向に末広がりとなるシェブロンパターンと呼ばれる山形(漢数字の八形)の模様が観察されることが多くなります。
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遷移温度とじん性
実構造物において、ぜい性破壊を防ぐにはいくつかの観点から考える必要がありますが、材料の耐ぜい性破壊特性を把握することが基本となります。材料のぜい性破壊に対する抵抗「ねばり」をじん性と呼び、じん性を評価する最も代表的な試験がシャルピー衝撃試験です。特に鉄鋼材料に対して古くから行われています。
シャルピー衝撃試験とは、10㎜x10㎜の角型断面を持つ角棒にV型切欠きを入れた試験片を、振り子式ハンマによって衝撃を加えて破壊させ、試験片の破壊に要したエネルギー(吸収エネルギーvE)を測定する試験です。また、破壊した破面に占めるぜい性破面の割合をぜい性破面率(100%からぜい性破面率を引いた値は延性破面率)といいます。
低温では変形の少ない銀白色のぜい性破面となり、吸収エネルギーは極めて低くなります。十分な高温では、ぜい性破面率が0%となり、変形の大きいねずみ色の延性破面となり、吸収エネルギーはほぼ一定の高い値vEshelf(上部棚エネルギー)となります。
吸収エネルギーもぜい性破面率も、ともに比較的狭い温度域で延性からぜい性に遷移するので、その代表温度を遷移温度といい、じん性評価の相対的尺度としています。ぜい性破面率が50%となる温度を破面遷移温度(vTs)、吸収エネルギーが上部棚エネルギーの1/2になる温度をエネルギー遷移温度(vTE)といいます。両方の遷移温度は実験によるとほぼ一致します。
遷移温度が低く、吸収エネルギーの高い材料がじん性に優れた材料といえます。また、諸規格のじん性要求では、シャルピー衝撃試験における特定の温度(たとえば0℃)での吸収エネルギーを規定していることが多くあります。
じん性は、広い意味では切欠き(き裂)試験片の破壊に対する抵抗特性(破壊じん性)を意味しますが、狭い意味では、V切欠きシャルピー衝撃試験による吸収エネルギー(切欠きじん性)をいい、材料のじん性について相対的評価や品質管理のために使用されています。
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溶接継手のぜい性破壊試験
実際の溶接構造物についても、仮に同一物を多数制作して、種々の温度で破壊試験を行ったとすると、破壊までの吸収エネルギーは低温の小さい値から高温の大きい値へと遷移現象を示します。この遷移現象は、V切欠きシャルピー衝撃試験の遷移現象とは厳密には一致しませんが、V切欠きシャルピー衝撃試験の切欠きじん性から、構造物の安全性を推定する方法が種々提案されています。
溶接継手のぜい性破壊を再現する試験として、溶接継手切欠き引張試験があります。これは、溶接継手を施した大型試験片を用います。試験片の溶接残留応力が重なった溶接継手のぜい化部に切欠きを入れ、溶接構造物に生ずる可能性のあるきわめて厳しい条件を付加します。これにより、ぜい性破壊を再現して溶接継手の安全性を確認する試験です。
溶接継手切欠き引張試験を行ってみると、同じ材料なら
①切欠きが鋭いほど
②切欠きの長さが長いほど
③板厚が厚いほど
④引張残留応力が大きいほど
⑤荷重速度が大きいほど
一般に遷移温度が高くなります。
すなわち、ぜい性破壊しやすくなるということです。
現在では、構造物の溶接部にある程度の溶接残留応力が存在しても、またある程度の大きさの切欠きが存在しても、使用中に構造物にぜい性破壊が発生しないように、じん性の高い材料を選択することが一般的に行われています。しかし、溶接構造物が必然的に有する溶接残留応力、熱影響部、応力集中部はいずれもぜい性破壊の発生を助長する要因となり得ます。そのため、ぜい性破壊を防止するには、設計面・材料面・施工面のすべての観点からこれらの要因を低減する必要があります。
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