鋼構造物は必要な剛性などの性質を維持しつつ、要求される耐荷重や変形レベルに到達する以前に、塑性化や破壊を生じることがあってはなりません。
溶接構造物の性能は、溶接部そのものの品質に依存するところが大きく、溶接品質は溶接設計、使用する材料、溶接施工の3要素がそろって達成できるものです。なかでも、溶接設計は溶接継手の性能を前もって決めることになり、後々の施工性とも密接に関係します。溶接設計では、構造設計、継手形式(溶接種類)の選択と継手強度設計、材料の選択、溶接法と溶接条件の選択など、広範囲の項目を検討し、指示することになります。
溶接構造の種類、用途に応じて、各種の設計規格、基準が多くあり、その適用を受ける構造物にあってはそれらを遵守する必要があります。溶接設計を取り扱っている構造設計に関する規格類には以下のようなものがあります。
③AWS D1.1 Structural Welding Code-Stell(米国溶接学会)
④JIS B 8265「圧力容器の構造(一般事項)」(日本規格協会)
⑤ASME Boilerand Pressure Vessel Code,Section VIII,Divisions 1 and 2(米国機械学会)
これらの他に船舶・海洋構造物に関しては各国船級協会規格、米国石油協会規格(API)などがあります。
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継手設計上の注意点
①溶接箇所はできるだけ少なくし、溶接量も必要最小限とします。
②溶接作業が容易であることを最優先に、溶接位置、姿勢、溶接条件などの溶接施工条件を選定します。
③溶接部が構造上の応力集中部と重ならないように溶接位置に配慮します。
④狭い範囲に溶接が集中しないようにします。
⑤部材断面は荷重軸に対して対称になるようにし、継手に偏心荷重や2次応力が加わらないようにします。
⑥必要に応じて非破壊検査や補修ができるよう構造に配慮します。
⑦適用する溶接法の特性、構造が受ける荷重の種類によって、適切な継手の形式、種類、開先を選定します。
これらの注意点は、応力集中の程度と箇所の低減、残留応力や溶接変形の低減、溶接欠陥を発生しにくくするための配慮に基づくものです。ただし、これらの条件は、互いに相いれない場合もあり、いずれを優先させるかは、構造物の使用条件、製作条件などを十分に考慮して決定しなければなりません。
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継手形式の選択
溶接継手で使用する溶接の種類、すなわち開先溶接かすみ肉溶接かといった選択に際しては、継手に想定される負荷荷重に十分に耐えることが必要条件になってきます。次に溶接変形が少なく、工数すなわち経済性も考慮して決定するのが原則です。
主な留意点としては、
①引張の繰返し荷重を受ける部材では、一般にすみ肉溶接、部分溶け込み開先溶接は許容されない。
②溶着金属量の最も少ない継手や開先を選択する。
開先溶接か、すみ肉溶接かの選択では、上記①の観点に加え、伝達荷重に対して必要な有効のど断面積の観点から、溶着金属量を考える必要があります。
溶接種類の選択に関しては、各種の構造設計規準にも規定されています。例えば、道路橋示方書では強度部材となる継手には、完全溶け込み、部分溶け込み、連続すみ肉溶接を用い、断続すみ肉溶接やプラグ溶接、スロット溶接は用いないこと、溶接線に垂直な引張応力が作用する継手には部分溶け込み溶接は用いてはならないと定められています。また、鋼構造設計規準では、溶接線に垂直な引張応力が作用する場合であっても荷重の偏心による付加曲げの作用する片面溶接継手、溶接線を回転軸としてルート部が開口する曲げ荷重が作用する継手には部分溶け込み溶接は用いてはならないと定められています。
すみ肉溶接のサイズと溶接長さの制限
応力を伝達する継手にすみ肉溶接を選択する場合、要求強度を満足するサイズを確保しなければならないが、強度上問題がない場合であっても、サイズが小さすぎると熱影響部(HAZ)が急冷、硬化し、低温割れなどを生じる恐れがあります。一方、サイズが大きすぎると、溶接入熱の増大による母材の材質劣化や過大な変形を生じます。そのため、サイズには適正範囲が存在します。
例えば、等脚長のすみ肉溶接の場合、接合する2部材の薄い方の部材厚さをt1(㎜)、厚い方の部材厚さをt2(㎜)、すみ肉サイズをS(㎜)として、次のような規定があります。
道路橋示方書 :
t1 > S ≧ √2・t2 かつ S ≧ 6㎜
鋼構造設計規準 :
t1 ≧ 6㎜ のとき
t1 ≧ S ≧ 1.3√t2 かつ S ≧ 4㎜
ただし、サイズが10㎜以上の場合は、S≧1.3√t2の制限は適用されません。
T継手で板厚が6㎜以下の時は、サイズを1.5t1かつ6㎜以下の範囲で選びます。
溶接長さが短いすみ肉溶接は、冷却速度が速く溶接割れの問題を生じやすいので、溶接長さについても制限があります。例えば、応力を伝達するすみ肉溶接の有効長さは、
鋼構造物設計規準ではサイズの10倍以上かつ40㎜以上
道路橋示方書では、サイズの10倍以上かつ80㎜以上
を必要としています。
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継手の静的強度の計算
構造における最も基本的な強度設計は、静的強度の確保、すなわち塑性化させない部材断面の確保です。材料の塑性化は、部材に生じる応力が材料の降伏応力に到達すると生じます。したがって、塑性化させないための部材断面積は、対象構造に要求される耐荷重と材料の降伏応力から計算でき、軸力を受ける棒などでは非常に簡単な計算で必要断面積が得られます。
溶接継手の場合も基本的な考え方は同じですが、例えば重ねすみ肉溶接継手のような場合、荷重を支える溶接部の断面積(あるいは厚さ)は必ずしも単純明解ではありません。ビード形状や、ルート部あるいは止端部での応力集中なども考慮すると、継手に生じる応力を正確に計算することは非常に複雑です。
そのため、設計上は次の仮定を設けて安全側に単純化して応力を計算します。
①応力はのど断面に一様に作用するものとする。ルート部や止端部の応力集中は考えない。
②塑性化はのど断面で先行するとは限らないが、強度計算上はのど断面で行う。
③のど断面の強度計算を行う場合でも、母材の許容応力を参照する。
④残留応力の存在は考慮しない。
塑性化に対する継手強度は、有効のど断面積と許容応力の積で表されます。有効のど断面積は、理論のど厚(a)と有効溶接長さ(L)の積で表されます。許容応力は母材の基準強さに安全率を考慮して決定されます。
理論のど厚
完全溶け込み開先溶接では、下図のように接合する部材厚さをのど厚aとします。2つの部材の厚さが異なる場合には、薄い方の部材厚さをのど厚aとします。
部分溶込み開先溶接では、のど厚の考え方が一定ではありません。鋼構造設計規準では、下図の記号aで示す開先深さをのど厚としますが、レ形やK形のように左右非対称の開先を手溶接(被覆アーク溶接)で溶接する部分溶込み溶接の場合には、のど厚は開先深さから3㎜を減じた値としています。これは、ルート部が狭い開先に被覆アーク溶接を行うと、ルート部に欠陥が生じやすいことから、それによる断面欠損を考慮したものです。(AWS D 1.1規格では、この3㎜に相当する断面欠損相当値を溶接法別に規定している。)
一方、道路橋示方書ではのど厚は下図の記号a’で示す溶け込み深さをとります。
すみ肉溶接部におけるサイズSと理論のど厚aの定義を下図に示します。とつ(凸)すみ肉溶接、へこみ(凹)すみ肉溶接の場合も、2部材に挟まれた溶接金属の断面に内接する直角に等辺三角形の等辺の長さがサイズSとなり、ルート部(直角頂点)から斜辺までの高さをのど厚aと定義します。不等脚すみ肉溶接の場合も基本的には同じになります。
サイズSとのど厚aは次式の関係になります。
a = S / √2
(鋼構造設計規準では1/√2を0.7と取り扱っています。)
下図に示す直角でない2部材間のすみ肉溶接の場合には、部材に挟まれた溶接金属の断面に内接する二等辺三角形の1辺の長さがサイズSとなり、2部材の角度をθとするとのど厚aは次式の関係となります。
a = S ・ cos(θ/2)
なお、この場合には、θは 60° ≦ θ ≦ 120° の範囲であり、これ以外の角度のときは応力の伝達を期待してはいけません。
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有効溶接長さ(L)
設計通りののど厚を有する溶接部長さを有効溶接長さLと呼びます。不完全な溶接になりやすい溶接開始部、終端部のクレータを除いた長さ
(実際の溶接長さ)-(のど厚x2)
を有効溶接長さの目安として考えます。
従って、重要部材の開先溶接の始終端や溶接組立てによるTビームやIビームなどのすみ肉溶接の始終端では、エンドタブなどを用いて端部も設計寸法ののど厚を確保するように溶接しなければなりません。
すみ肉溶接でこのような始終端の悪影響を排除するには、回し溶接を行います。ただしこの場合は、一般に回し溶接した長さは有効溶接長さには含めません。
突合せ継手の完全溶込み開先溶接で、溶接線が応力の方向に対して斜めの場合には、実際の溶接長さではなく、溶接線を負荷方向と直角の面に投影した長さを有効溶接長さとします。しかし、すみ肉溶接では、回し溶接を除いた実際の溶接長さ(回し溶接がなければ、鋼構造設計規準では全溶接長さからサイズx2を減じた長さ)をそのまま用います。
完全溶込み突合せ溶接は、垂直応力σが設計上の許容応力として用いられます。
すみ肉溶接は、せん断応力τが許容応力として用いられます。
(一般に部分溶け込み溶接の許容応力は、すみ肉溶接の場合と同様にせん断応力τを用いるのが安全側です。)
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