2-3)炭素鋼の熱処理

 機械部品として用いられる鋼は使用状態では硬く、強く、しかも粘り強さに富むことが要求され、これを製作するときには切削加工、塑性加工が容易にできることが要求されます。金属材料に対して希望する性質を与えるために、適当な条件でそれを加熱し冷却することを熱処理(heat treatment)といいます。機械的性質以外の物理的、化学的性質などの改善を目的とする場合でも、広い意味では熱処理と呼びます。

 

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焼なまし(焼鈍):鋼を軟らかく加工しやすくする

 金属を適当な温度に加熱し、その温度に適当時間保持してのち徐冷する処理を焼なまし焼鈍:しょうどん)(annealing)と言います。

 鋼の焼なましをその目的別に分けると下記のような種類があります。

(1)成分の均一化

 鋼塊または鋼材中に存在する各種の偏析を除去または軽減するために行われる焼なましを拡散焼なまし(diffusion annealing)といいます。加熱温度は高いほど、時間は長いほど効果が大きくなります。しかし高温度で長時間加熱すると、γの結晶粒が粗大化するので、焼なまししたのち焼ならしなどの方法によって、結晶粒の微粒化をしなくてはなりません。

(2)内部応力の除去

 金属材料は種々の理由で内部応力を生じていることが多くあります。たとえば鋳造によって作られた品物では、早く凝固した表面の部分と、あとから固まった内部との間の部分に、あるいは厚肉部と薄肉部との境の部分などに残留応力を生じています。このような品物を切削加工したり、長時間使用していたりすると狂いを生じます。残留応力を除くために品物をゆっくり加熱して次に述べる温度に保ち、その後冷却中にも残留応力を生じないようにゆるやかに冷却することをひずみ取り焼なまし(stress relieving annealing)といいます。

 ひずみ取り焼なましは、金属学的に見れば、回復、再結晶を起こさせることです。残留応力は品物を再結晶温度以上に加熱すればほとんど消失します。純鉄の再結晶温度は、350~450℃なので、鋼のひずみ取り焼なましは450~600℃で行われています。加熱によって機械的性質が低下することがあるので、その場合には低温度で長時間の焼なましを行います。残留応力は鋳造のみでなく、冷間加工、鍛造、溶接、焼入れ、切削などによっても生ずるので、これらの作業後に必要に応じてひずみ取り焼なましを行います。

(3)軟化焼なまし

 切削加工、塑性加工を容易にするために行われる焼なましを軟化焼なまし(softening annealing)といいます。その目的を達することができれば、どのような方法ををとってもよく、もしもその材料が冷間加工によって硬化しているものならば回復や再結晶を起こさせ、焼入れによって硬くなっているものならば普通よりも高い温度で焼もどしをします。

 鋼線や鋼板などを冷間加工する場合、加工によって硬化し、そのため以後の加工ができなくなることがあります。これをさらに加工するために、焼なましをして軟化させます。このような目的で行われる焼なましを中間焼なまし(process annealing)といいます。

 特殊鋼の中には焼入硬化性のよいものが多く、これらを鍛造(または加熱)した後の冷却中に焼入硬化され、切削加工などができなくなることがあります。この場合には変態点以下のなるべく高い温度に加熱して、焼もどしの効果を与えるか、あるいは変態点以上の温度に加熱してゆるやかに冷却すれば、その品物は軟化します。

(4)球状化焼なまし

 (1)~(3)の焼なましは、亜共析鋼はフェライトと層状パーライト、共析鋼は層状パーライトのみ、また過共析鋼ならば網目状の初析セメンタイトと層状パーライトとから成り立っています。これらに対して特別な焼なましを行うと、セメンタイトは球状となり、ほかはフェライトになります。この焼なましを球状化焼なましといいます。またこのような組織を球(粒)状セメンタイトまたは球状パーライト(spheroidite,globular cementite,spheroidal pearlite)といいます。

球状化パーライトは、層状パーライトに比べ、同じ炭素量のものでも軟らかく、切削加工、塑性加工が容易です。またこの球状セメンタイト組織はすべての熱処理を施して用いる鋼、特に高炭素の鋼の熱処理後の機械的性質を向上させるのにきわめて有用で、焼入前には均一で細かい球状炭化物組織にしておくことが重要です。

(5)完全焼なまし

 冷間加工または焼入れなどの影響を完全になくすために、均一オーステナイトの領域まで加熱し、これを徐冷することを完全焼なまし(full annealing)といいます。加熱温度が高ければ、成分の均一化もある程度は行われ、十分に徐冷すれば内部応力も徐冷され、材料は十分に軟化されます。完全焼なましをしたものの組織はフェライトと層状パーライト、層状パーライトと初析セメンタイトとなります。ただ単に焼なましという場合には、完全焼なましを意味することが多くあります。

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焼ならし(焼準):鋼の組織を均一化する

 なんらかの理由で室温組織の粗くなった鋼をγ化して、γ粒が粗大化しないうちに冷却(マルテンサイト化しない程度、普通は空冷)すると、室温組織が細かくなります。この操作を焼ならし焼準:しょうじゅん)(normalizing)といいます。異常にあらくなっている組織または焼入れなどを行った組織を、正常な組織、つまり粗くないフェライトとパーライトの組織に変えることです。

鋳鋼は鍛造後必ず焼ならしされ、焼ならしにより鋳鋼は強く、しかも粘り強くなります。

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焼なまし、焼ならしした鋼の機械的性質

 焼なましした鋼や焼ならしした鋼は、これらの相が機械的に混合したものと考えることができるので、混合比からだいたいの機械的性質を求めることができます。(下表が鋼を構成する各相の機械的性質を表した表です。)

しかし、正確な値を計算によって求めることはできません。 その理由として、鋼はそれを構成する相およびそれらの混合比が同じであっても、その混合状態や粗密によって機械的性質は異なること、フェライトやセメンタイトに不純物や合金元素が固溶されると強化されること、別の相ができたり混じっていたりしても機械的性質が左右されることがあります。

フェライトセメンタイトパーライト
硬さ[HB90600~700200
引張強さ
[N/㎟]
3007000900
伸び[%]40015

 

焼入れ:鋼を硬くする

 鋼を焼入れする場合、大切なことは、焼入れによって十分な硬さになること、必要な深さまで硬化すること、焼割れや大きな焼曲り(焼ひずみ)を生じないこと、酸化や脱炭を起こしそのために鋼の性質を損なわないことなどがあります。また忘れてならないことは焼入れた鋼はそのまま用いられることはなく、必ず(特殊な場合を除き)焼もどししてから使用されます。

焼入加熱温度

 鋼を焼入れして少しでも硬くするためには、状態図の上でγが存在する領域まで加熱しなくてはなりません。普通は亜共析鋼ならばA3線以上、共析鋼および過共析鋼ならばA1以上が適当な加熱温度とされています。もしも亜共析鋼をA3~A1の間の温度から焼入れをすると、その温度で存在するγはマルテンサイト化されるが、フェライトは硬化しないので、焼入れた組織は硬いマルテンサイトと軟らかいフェライトとの混合組織となり、焼入れ本来の目的に沿いません。

 過共析鋼をAcm~A1の温度から焼入れするのは、セメンタイトがもともと非常に硬く、またγもマルテンサイト化して硬化するので、その混合組織は硬さという点では差し支えないからです。ただし、もしもセメンタイトが網目状の形で存在するとしたならば、粘り強さという立場から好ましくありません。つまり、焼もどしをした場合、マルテンサイトは焼もどしされて適当な粘り強さになりますが、網目状セメンタイトは軟化しない(粘り強さに対して害になる)からです。以上の理由から、過共析鋼を焼入れする場合には、セメンタイトを球状化した材料を入手してこれを焼入れするか、あるいはあらかじめ球状化焼きなましをしてから焼入れするのがよいとされています。

 焼入温度が高すぎることも有害とされています。加熱温度が高すぎるとγの結晶粒が粗大化し、生成されるマルテンサイト組織は、そのために粗くなり、焼もどし後の粘り強さが劣ることになります。過共析鋼の加熱温度が高すぎると、セメンタイトが多量に固溶してγの炭素濃度が高くなり、かなりの量のγがマルテンサイトにならずに室温で残留します。このγを残留オーステナイト(retained austenite)といいます。γはマルテンサイトに比べて硬さが著しく低い(HB約150)ので、残留γが多量にできると焼入硬さは十分に上がらず、また焼入温度が高すぎる場合には、加熱中に酸化や脱炭が起こり、鋼にとって大切な合金元素であるCが失われる可能性があります。また焼割れや焼曲りが起こりやすく、熱エネルギーの損失にもなり、また加熱炉を痛めることにもなります。

焼入加熱の時間

 焼入加熱する前の鋼はフェライトとパーライト、パーライトのみまたはパーライトと初析セメンタイトになります。これを加熱して亜共析鋼ならば均一炭素濃度をもったγに、また過共析鋼ならば未溶解の残存セメンタイトとγとにしてやるのが焼入加熱の目的です。室温におけるフェライトおよびセメンタイトの炭素濃度は一方は非常に低く(共析温度でもわずか0.02%)、他方では非常に高い(6.67%)、このフェライトとセメンタイトが加熱によって、均一炭素濃度をもったγになるためには、C原子の移動のための時間が必要になります。また大形の品物では中心部がその温度になるための時間もかなり必要です。

残留オーステナイト

 焼入れた鋼をX線回析で調べてみると、γは100%マルテンサイトに変わるのではなく、炭素鋼では数%~30%くらいはマルテンサイトに変化しないで、γのままで室温に達します。これが残留オーステナイト(retained austenite)です。

 残留オーステナイトが多量に生じると、焼入硬さは十分に上がりません。またこのγは室温では不安定な相で、長時間使用する間にマルテンサイト化が進み、そのための寸法変化(経年変形)を起こします。また研摩の際にマルテンサイト化が起こり、そのために割れ(研摩割れ)を生じることがあります。

焼入硬さ

 鋼を焼入れすることによって得られる最高の硬さ(マルテンサイトの硬さ)は、その鋼全体のC量によるのではなくて、マルテンサイト中に固溶するC量によって異なります。固溶C量が0.6%くらいまではC量の増加とともに焼入硬さが高くなりますが、これ以上C量が増しても硬く(HRC65以上)はなりません。ただし、合金元素の多い鋼はこの限りではありません。

 

 補足

α = フェライト

γ = オーステナイト

C = 炭素

焼もどし:鋼を強靭にする

 焼入れたままの鋼は非常に硬いが反面非常にもろく、そのままでは実際に使用に耐えることができない場合が多くあります。また焼入れによって生じた残留応力もかなり存在します。この残留応力は室温に放置すると次第に緩和され、それに伴って寸法狂いを生じます。一方、焼入れによって生じたマルテンサイトも残留オーステナイトも、ともに不安定な相なので、使用中または保存中に安定化への変化が進行し、そのため割れ、または変形を起こすことがあります。使用目的に応じた適当な硬さと粘り強さとのバランスをとり、不安定な相を安定化し、また残留応力を除くことによって経年変形や割れを防ぐなどの目的で、焼入れた鋼を適当な温度に再加熱して冷却することを焼もどし(tempering)といいます。

 焼もどしの温度は100℃くらいからA1点直下(γを生じない温度)まで、その目的に応じて適当に選びます。粘り強さを多少犠牲にしても、硬さや耐摩耗性を必要とする場合たとえば、ベアリング、ゲージ、工具などには高炭素鋼を用いて低い温度で焼もどしをします。また焼入れによる硬さを利用するのではなくて、強靭な組織を目的とする場合は、Cの少なめの鋼を用いて、500℃以上のA1点付近までの適当な温度で焼もどしをします。

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熱処理応力と熱処理変形

 焼入れなどによって生じる残留応力は熱処理応力と呼ばれ、焼割れ、置割れ、研摩割れ、熱処理変形などの原因になります。残留応力を生じる原因としては、

 1)急冷により熱収縮や変態膨張が起こり、これが表面と内部とで時間的にずれること

 2)表面部はマルテンサイト化され比容積が大となるが、内部はマルテンサイト化しないこと

などがあげることができます。

 鋼が熱収縮だけを受けるものとし円柱を例にとると、冷却のはじめには表面のみが冷却されて収縮し、表面には引張り、中心部には圧縮の応力が生じます。この応力は表面と中心との温度差が増加するにつれて大きくなります。しかし鋼は高温では塑性変形をおこすので、表面では引張り、中心部は圧縮の塑性変形を起こし応力は一部緩和され、ある時間がたつと応力は0になります。さらに時間が経過すると、生じた塑性変形のために応力は反転します。熱収縮のほかに、変態膨張などを考えると現象はさらに複雑になります。

 熱処理変形には2種類あり、曲ったり、ねじれたりするような変形と、全般的に太くなったり、長くなったりするような変形とがあります。いずれも熱応力や変態応力、不均一な加熱や冷却、材料自体の方向性などが関係します。

 

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